無視・陰口・いじめが原因で2年間不登校だったが克服した体験談

脱不登校できた体験談

小学生の時から人が苦手な性格な娘。

友だち関係と問題と担任教師との相性もあり、さらに内気な性格は日に日にひどくなりました。

そしてついに、「学校に行きたくない。」と漏らすことに。

娘はずっと、人の顔色を伺って母親である私以外には言いたいことは言えない性格。

我慢をしてしまうところがあったり、何よりも性格が繊細で優しいところがあったから傷つきかたもハンパではなかったです。

不登校のきっかけは友だちとの関係

不登校のきっかけは友だちとの関係
不登校になったきっかけは、女子によくある友だち関係のよじれ。

たとえばこんな具合です。

娘は友だちが多い方ではなかったが3人グループの中にいた。

だれとでも隔てなく接する行動し楽しそうしている娘の姿を見た同じグループの女子が気に入らないということから、陰口や無視が始ったらしいです。

そんな毎日が続き、友だちとの距離感などで疲れ果て不登校気味になってしまいました。

不登校になったときの私たちの行動

不登校になったときの私たちの行動
この時期は、これでもか!と言うほど娘とドライブに行ったり、朝まで話すこともしばしばありました。

とにかく、すべてを吐き出す。

「学校は行きたくなければ行かなくて良い」
「何でもかんでも逃げることはこの先もこまるし自分のためにはならない」

と言うことを話したあと、

「死なれるよりはましだし、そんなにひどい学校だったら違う道を探せば良い」
と伝えました。

不登校でもやっていた我が家のルール


不登校だったけれど家でやっていた我が家のルールは、朝は学校と同じ時間に起きて少し勉強、寝る時間も学校があるときと一緒にしていました。

人との接点がなくなることは、学校に再び通うために頑張っている本人にはつらいことです。

なので、仲が良かった子やその両親など接点の時間を放課後に作ってもらいました。

ご飯作りや買い物も必ず一緒に行ったし、必ず一回はで家から出て散歩をし沢山の陽を浴びさせました。

そして大好きな自然や動物に今まで以上に触れさせました

親子の約束

学校には行けないけれど、勉強は約束していました。

行けないことは仕方が無い!けれど、やらないことは違います。

高校受験などチャレンジなど出来る範囲は本人任せでしたが、勉強時間は一日、休み休みでも三時間は設けました。

もともと勉強ができないことが辛かったのも解っていました。

なので、わかっていない教科に関しては小学校からやり直すなど、オンライン学習を利用して振り返り学習もしました。

不登校を克服できたきっかけ

不登校を克服できたきっかけ
不登校を克服できたきっかけは、

  • 客観的に物事を見ること
  • どんなときでも私が付いている、味方がいる
  • それを確信したことだったと思います。

    気持ちが不安定な思春期や一人親だったせいもあり、心のどこかに不安私があるけど言えなかった。

    けれども、この長い長い答えのないぶつかり合ったトンネルの道のりが娘の心の中に変化と確信・そしてかえがたい安心をもたらしてくれたのだと思います。

    どんだけの時間を話したか。

    どんだけお互いに泣いたか、本音をぶけあったか・・・。

    このことがあったからこそ、娘が成長することができ、不登校を克服できるくらい強くなりました。

    そして、本当の意味でお互いに親として子どもとしてだけではなく、人間として信頼関係を築けたのだと思います。

    最後に

    不登校は誰にでも起きえることだと思います。

    実は自分は、幼稚園から高校まで壮絶ないじめと複雑な家庭環境のせいもあり、親には助けてもらえないまま自殺未遂もはかりつつ辛い学校生活に耐え抜きました。

    けれど、自分の娘がこうなったとき無理に学校に行かせたいとは全く思いませんでした。

    我慢、しがみつく事だけが全てでも正しいとも思わなかったからです。

    こんな事があったからこそ、娘の本音を知ることが出来、娘という存在の大切さ尊さ人間性を再認識できた物だと思います。

    一つ言えることは、ゴールはけして楽ではないですがいつかは死なない限りは行くべき道が見つかります。

    子供に自分の意見を無理強いしてはいけません。

    答えはひとつだけではありません。

    何が子供にとって一番大切なのかを考えることです。

    無駄な時間はありません。

    休む時間も必要で・・・サボっているように見える子供の時間もいつかは何かの糧に変わることだと私は確信しています。

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