SNSのトラブルで不登校に。母と子の本音と克服できた体験談

脱不登校できた体験談

私の娘は小学校高学年のとき、不登校になりました。

親の私が言うのも変なのですが、娘はとても明るい性格の女の子。

生まれたときからキャッキャっとはしゃぎ回っている子で、幼いときは子育てが本当にラクだったな~と思ってました。

明るい娘に変化が出るようになったのは、小学校5年生くらいになってから。

キッズスマホを持たせるようになってから、ぶすっとした態度を見せるようになりました。

不登校のきっかけはSNSの出来事だった


いつも笑顔で優しかったうちの娘が、しだいに心を閉ざすようになったきっかけはLINEでした。

最初は「おばあちゃんとのやり取りに」と手渡したキッズスマホ。

仕事をしていた私が帰ってくるまでの間、さみしくないようにと親心から持たせたスマホが不運の始まりでした。

娘はそのうち私の目を盗んで、複数の人とLINEをするようになりました。

どこで覚えたのか、見ず知らずの男性のIDが友達リストに入っていて、ものすごく叱ったことを覚えています。

そのトラブルからしだいに娘は、私に対して心を閉ざすようになりました。

暇さえあればスマホをいじって何やら文字を打っている様子。

見ず知らずの男性とやり取りを禁止した反動のせいか、対象は同世代の女の子へと移っていきました。

さっきまで一緒にいたクラスの女子たちと、LINEのトークルームでおしゃべり。

日曜日の昼間もそんな様子なので、昔っぽい私は思わず「天気いいんだから、携帯いじってないで外に遊びにいってくれば?」などと小言を言うことが多くなりました。

最近友達と遊びにいかないな~、喧嘩でもしたのかな~と不安に思っていた矢先、娘は突然「学校に行きたくない。LINEで嫌なことを言われたから」というようになりました。

その日から本当に娘は家に閉じこもるようになり、母の私はどうしていいやら困り果ててしまいました。

不登校を克服するため取り組んだ私の行動


娘が不登校になって、私は大きく変わりました。

それまでは「学校に行かなくては」となかば学校を義務のように思っていました。

しかし、かたくなな娘の態度をみて「学校って行かなくてもいいところなんじゃ?」と思えるようになっていました。

娘がつらい想いをしているのなら、あえて親の私が無理をしていかせるところではないのかもしれない…と考え方が変わったのです。

それまで義務のように思っていた気持ちを転換してみると、不思議と心が軽くなっていくのを実感しました。

今思えば「~しなければいけない」と呪文のように縛られ、苦しくなっていたのは私の方だったかもしれません。

不登校だけど家でやっていた我が家のルール


娘が不登校になって家にいた間、すべてを自由にさせていたわけではありません。

SNSで男性とトラブルになったこともあったので「絶対にお母さんの知らない人、とくに男の人とやり取りを取ることはやめてね。命の危険があるからね」と口酸っぱく教えていました。

家にずっといると時間の感覚がなくなるようで、24時間が26時間や30時間に変わってしまうこともあります。

家にいても学校に行っているときと同じように規則正しく過ごしてほしい。

だから、朝は6時や7時には起こして朝日を浴びさせ夜は9時には寝かしつけるようにしてました。

学校に行かなくても、人としてきちんとした生活を送らせてやりたいとおもっていたのです。

学校に行けないけど勉強はやっていた

不登校だというと「勉強はどうするの?遅れが出ちゃって、将来困るよね?大学行けなくなるし」と偏見のように言われることもあります。

不登校だからといって、学ぶチャンスを与えないのはちょっと…と思い、娘にはできるだけ学習する機会を与えるようにしていました。

娘は幼稚園のときから進研ゼミのチャレンジを受講していたので、不登校になっている間も同じようにチャレンジの勉強をさせました。

毎月決まった時期に届くので、娘にとってはいいリズム作りになっていたみたいです。

赤ペン先生にお手紙を書くのをすごく楽しみにしていて、電子メールでも送れるのに、わざわざ切手をはってポストに出しに行ったりしていました。

今思うと、不登校で縦のつながりが無かった娘にとって、赤ペン先生とのやり取りが唯一の「大人の人とのコミュニケーション」だったのかもしれません。

がんばっている娘の横顔を見ているうちに、私自身も色々なことを学ばせてもらっているような崇高な気持ちになれました。

不登校を克服できたきっかけは「父のひと言」だった


娘が不登校になって、はや1年。

最初は「ずっと娘が引きこもりだったら、どうしよう」と暗い気持ちになっていた私。

しかし、しだいにその生活にも慣れてきて、娘の気持ちを尊重できるように、また不登校の生活に慣れるようになっていました。

けれどもたまに仕事帰りにランドセル姿の子どもたちを見かけると、どうしようもなく切ない気持ちになったのも事実。

娘と同じくらいの年頃の子どもたちが無邪気に公園で遊んでいるのを見るたびに「ほかの子にはできるのに、うちの子にはどうしてできないのだろう」とできない物の数を数えてしまうこともありました。

自信をもって子どもを育てていたつもりなのですが、心のどこかで自信を持ちきれない、そんな不安定なときもありました。

私自身も初めてのことだったので、何から手をつけていいやら。

そしてこの生活にいつピリオドを打っていいのか分からなかったのです。

そんな時にたまたま、実家の父と母が家に遊びにくるときがありました。

私の実家は遠い九州にあり、自営業でお店をおこなっているのでほとんど我が家に来たことはありません。

今回は知人のお見舞いをかねて、久しぶりにお店を閉めて上京したということでした。

母には娘が不登校になっていることをそれとなく伝えていたのですが、問題は父。

厳格な父に対して、孫が不登校になっていることは口がさけても言えません。

母も父の性格をよく理解しているせいか、不登校の事実はどうやら伝えていないようでした。

父と母が我が家に来たのは、平日の昼間。

いないと思っていた孫が、学校に行かず家の中にいたので父はとてもビックリしました。

「今日は学校は休みなのか?それとも、俺のために休んだのか?とんでもない」と言いました。

私がまごまごしていると、父はさとったのでしょう。

状況を理解してか、まじまじと孫の顔を見つめてこう言いました。

「あんまり、お母さんを困らせちゃいかんよ。お母さんも一生懸命しごとしてるからね」

うちの娘はだまって父の話を聞いていましたが、どうやら言いたいことは伝わっていたようでした。

その言葉に対して何も言いませんでしたが、口を真一文字にむすんで、宙を見ているようでした。

何か決意しているような、すがすがしい顔にも見えました。

娘は父からこの言葉をもらったあと、2週間後に「やっぱり行く」といって学校に行くようになりました。

あんなに行きたくないと言っていた学校に、こんなにも簡単に行けるものかと…親の私の方がおどろきました。

不登校を克服した今

たいした話ではないかもしれませんが、私と娘の体験談を紹介しました。

早いもので、娘はもう高校生。

不登校だったことがウソのように美しく成長しています。

今ではSNSとも上手に付き合えるようになり、素敵な彼氏もできるようになりました。

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